おがえもん廃線研究所

別府鉄道 土山線
現地調査 Part2
(中野駅)〜別府駅

道路脇にぽつんと残された貨車
貨車発見
 道路に転用された廃線跡を進むと道路脇の畑に貨車を発見。中野駅手前の土山駅から中野駅に向かって右側にあります。
 畑の脇に置いてあるところから見ると農家の倉庫として利用されているものと思われます。貨車の状態は非常に良く錆一つありません。ペンキの塗り替えを頻繁にしているのかもしれませんね。車番等の表記は一切残っていませんでした。

中野駅跡
中野駅跡
 土山線唯一の駅、中野駅跡です。ほとんど痕跡は残っていませんが、別府鉄道の物と思われる敷地区域票が残されていました。
 その先の国道250号線陸橋(当時は跨線橋)には鉄道があった当時の名残か線路があったと思われる部分に落下防止用の金網の柵が残っていました。

敷地区域票 社紋が一部見えている

柵が道路の幅に合っていない

 中野駅から先も廃線跡はまっすぐ伸びています。
 別府港近くなると線路は左カーブします。緩やかなカーブ、鉄道カーブですね。

手前が新幹線・奥が山陽電鉄のガード
 カーブの途中で、山陽新幹線と山陽電鉄をくぐります。山陽電鉄は盛土が切れて跨線橋が残っています。鉄道の幅しか無く当時の面影をはっきりと残しています。現在は車道になっていますが、両方向から同時に通行できないので交互通行しなければなりません。

ガード下に残るケーブル固定金具

車1台しか通れない幅
 廃線跡の道路はここで終わっています。その先はパチンコ屋の駐車場に変わっています。この先で野口線と合流していました。
 パチンコ屋の駐車場の先が別府港駅構内跡です。この辺で野口線と合流していました。
広い駅構内を持っていたのですが今はその面影はありません。
左の駐車場から土山線が合流
右の道路が野口線
今も別府鉄道
 は存在している
 別府鉄道は会社としては今でも残っているようです。別府駅があった場所に本社があり、別府鉄道の大きな看板まであるではないですか。びっくりしました。
 別府鉄道は現在はタクシーなどの輸送事業を行っているようです。駐車場にはタクシーやハイヤー、マイクロバスなどが止めてありました。
 会社前の電柱には、ベフエキの名前が記されていました。廃止からもう20年近く経っているのにね。
多木製肥所(多木化学)
 別府港駅で線路は終わっていたわけではありません。別府鉄道の目的は多木製肥所の肥料輸送が目的でした。別府港駅からさらに南へ線路は伸びていました。現在、多木化学工場がその場所です。廃線跡の道路はそこまで伸びています。現在の輸送手段はトラック輸送です。
次へ   戻る